2024年4月11日
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おはようございます
今日はタイトルにもある通りコカコーラに飲み込まれたメキシコのとある小さな町の話です
水の代わりにコーラを飲み、世界でもっともコーラを消費する町になった結果、住人の40%以上が極端な肥満になり、35%以上の人が糖尿病になった「チャムラ」という町の実態です
まずチャムラという町はメキシコのチアパス州のサン・クリストバルの近くにある小さな町です
チャムラのコカコーラ消費量は世界一として有名で「コカコーラを崇拝する町」とも呼ばれています
その消費量は一人あたり1日平均2.2Lのコカコーラを飲むとされています
そしてその結果死者が続出してる町でもあります
コカコーラに支配されたと言われるメキシコの田舎町「チャムラ」の場所はこちら
メキシコのコーラは他国のコーラよりも美味しいという話を聞いた事はありませんか?
メキシコのコーラって普通の砂糖ではなく、サトウキビから搾り取った糖液をそのまま煮詰めた黒糖(黒砂糖)を使用してるんです
だからメキシコのコーラは他国のコーラよりも美味しいと言われています
まぁ砂糖が変わったところでコーラはコーラなんですけどね(笑)
メキシコのコーラ消費量はアメリカを抜いて世界一
メキシコに滞在した事がある人ならメキシコ人がコーラの2Lのペットボトルを持って街中を歩いてる光景を見たことがあるでしょう
そのメキシコの中でも群を抜いてコーラを消費してるのが今日紹介するチャムラという町だ
チャムラの住人は約87000人でツォツィル系の先住民が住む
約30年前までは村の伝統を守る為に外部の人を歓迎してなかった町でもある
一昔前までは水とソフトドリンクの値段が変わらなかった為にソフトドリンクを飲む人だらけになったとか
大人から子供まで炭酸飲料のペットボトルを手にして、多い人だと1日に500mlのペットボトルを4~5本は飲むという
赤ちゃんを過ぎたころにはもうコーラを飲んで過ごすという異常さを見せるこの町
チャムラの町の人にとっては水分補給=コーラを飲む事なのだ
この村の人たちはコカコーラが体に悪い飲み物とは思ってないようで、コーラはすでにこの町の伝統になってるらしい
なぜこのチャムラにだけこんな現象が起こってるのか?
コカコーラという飲み物はどうやってこの町にここまで溶け込んだのか?
隣町のサンクリストバルにあるコカコーラ工場では1日に30万本以上のコーラが製造されてますが、その為にこの工場は1日100万リットルの地下水を抽出してます
地元民から「コカコーラが地元の飲料水源を枯らしている」と抗議が何度もあったにも関わらず、国家水道局はコカコーラを支持しました
因みに2000年から2006年までメキシコ大統領を務めたビセンテ元大統領は、1975年から1979年までコカコーラ社の最高経営責任者をしてた人物
コカコーラ社からかなりの資金援助を受けていたと噂されてる人物でした
まぁ、裏で何かしらの癒着はあったでしょうね
コカコーラがチャムラの町に浸透してもう何十年も経つが、コカコーラはその間健全とは言えない広告戦略をしてきました
学校の壁に糖分だらけのコーラのペイントをしたり、「サッカー場やバスケットボールコートを作ってあげるよ」と言ってコカコーラの広告だらけのサッカー場を作ったりと
そうしてチャムラの子供たちは小さなころからコカコーラばかりを見て過ごし育つ事になるんです
1960年以降はコカコーラの宣伝にチアパス州の先住民が採用され、広告に先住民の衣装や言語や儀式を打ち出した結果これが大成功
事実チャムラではこの村独自の宗教や儀式にもコカコーラを使ったりするらしい
コカコーラは広告のメーケティングで文化や宗教にまで入りこんでるんです
恐るべしですね
コーラ2リットルに入ってる砂糖は約200グラム
これは大人一人が健康レベルで1日摂取できる量の4倍
過剰な糖分で血糖値が上がり糖尿病になるのは当然の事かと
現在、メキシコのソフトドリンク市場の70%以上をコカコーラ社が占めている
こんな糖分だらけの飲み物がメキシコ中に売られて、多くの国民がこれを手にしている
コーラなんて本当は一生飲まなくていいものだよ
大企業というのはだいたいがマーケティングに優れています
広告マーケティングが成功した結果、チャムラの町にはコカコーラが根付いた
その結果、チャムラの文化的なイベントや宗教、政治的な場面でコカコーラが欠かせない物となりました
町や村のシャーマンが洗脳されると、その町の人々も洗脳されるという話を聞いたことがある
チャムラもそのひとつなんだろうな
僕はこのチャムラという町が大企業のコカコーラという商品に支配された物凄く危ないモデルだと思います
大企業にこんな山奥の小さな素朴な町が飲み込まれるのは見てられない
こんな町がひとつでも増えない事を祈るばかりだ